小柄な体格のフイン・チャムは、タイニン省の厳しい環境で育ちながらも、大学進学という夢を諦めずにいました。しかし、家族の事情によりその夢は叶わず、彼女は新たな道を模索することに。そして、これまで考えたこともなかった日本での労働実習という選択肢を選び、人生の大きな転機を迎えることになります。
「南部の屋根」と呼ばれるタイニン省で育ったフイン・チャムは、5人家族の長女として、幼い頃から家族を支える責任を感じていました。学業に励み、優秀な成績を収める彼女は、家族の誇りであり、妹にとっての憧れの存在でした。しかし、家庭の経済状況は厳しく、大学進学という彼女の夢は叶いそうにありませんでした。それでもチャムは諦めず、家族を支えるため、そして自身の未来を切り開くため、日本での就労という新たな道を模索し始めました。そして、その決断が彼女の運命を大きく変えることになったのです。

23歳の誕生日を目前に控えたフイン・チャムは、かつて日本での就労を決意した理由を問われ、自身の胸の内を率直に語りました。同世代の多くが大学生活を謳歌する中、彼女は既に人生の厳しさを経験し、多くの教訓を得ていました。そして、ベトナムから遠く離れた日本という異国の地での挑戦は、彼女にとって新鮮な刺激と成長の機会となったのです。
チャムの心に深く刻まれている言葉があります。「忙しい人ほど時間を有効に使う術を知っている」そして、「成功の鍵は動機ではなく、規律である」。日本語能力試験N2に合格する以前から、彼女は「大学だけが人生の選択肢ではない」と信じていました。彼女にとって、成功への道は「学ぶこと」そのものであり、「大学」という場所ではありませんでした。
もしあなたが日本での就労を迷っているのなら、チャムのように考えてみてください。「貯金、日本語の資格、安定した仕事…それらはもちろん大切ですが、家族から離れて得られる経験や挑戦は、あなたの人生を大きく変えるかもしれません。」
2019年末、フイン・チャムは日本へと旅立ちました。しかし、当時のベトナムでは「技能実習生」という言葉にネガティブなイメージを持つ人も少なくなく、彼女は周囲に「留学」だと偽っていたといいます。
「友達に知られるのが恥ずかしくて…」と、当時の心境を明かすチャム。しかし、彼女は決して諦めませんでした。SULECOでの日本語学習と職業訓練に励み、見事三重県の機械検査の職に就くという目標を達成したのです。
「過去の葛藤は、今ではもう遠い思い出です。自分の選択に誇りを持っていますし、あの時、大学に進学していたら、今の私はなかったでしょう。」と、彼女は力強く語ります。
SULECOでの学びと日本での経験は、チャムに自信と誇りを与え、新たな人生を切り開く大きな転機となったのです。

SULECOでの日本語学習を開始してから5年が経ちました。フイン・チャムは、たゆまぬ努力を重ね、2020年12月には日本語能力試験N3に154点(180点満点)で合格、さらに2023年7月にはN1に120点(180点満点)で合格するという素晴らしい成果を収めました。
「今の自分があるのは、数々の困難や挑戦を乗り越えてきたからこそ。日本へ行くという決断は、当時の私にとって決して簡単なものではありませんでしたが、今振り返ってみると、あの選択は自分自身と家族にとって最善の道だったと心から思います。」と、チャムは感慨深げに語ります。

日本語能力試験N1に見事合格したフイン・チャムは、現在、バクハ工業専門学校で日本語を専攻し、2024年初めの卒業を目指しています。さらに、特定技能1号のレストラン業種の資格取得にも挑戦中です。
彼女の向上心は留まることを知らず、将来のビジョンも明確です。日本での5年間の経験を積んだ後、ベトナムに帰国し、その後は中国への留学を計画しています。既に中国語学習にも取り組んでおり、HSK2級を取得済みです。
フイン・チャムの物語は、たゆまぬ努力と揺るぎない決意、そして数々の困難を乗り越えてきた証です。彼女の未来への展望は、さらなる挑戦と成長への強い意志を物語っています。